2012年10月16日

ビッグフットの証拠

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ビッグフットの証拠


Huluにて視聴。
いっこまえの「ゾンビの真実」が笑えたので、見てみた。
ナショナル・ジオグラフィック・チャンネルのドキュメンタリです。

いやはやどうして、まさかの展開で意外に面白かったw

ビッグフットは、北米全域からカナダ国境一帯にかけて、多数の目撃報告のある類人猿型未確認生物の総称・俗称。
人でもない、猿でもない、その中間に位置づけられると認識されているので、もし存在したとしたら大発見です。

ビッグフットの目撃報告は数百件にのぼる。また、足あとも多く採取されており、体毛なんかも発見されている。
特に有名なのが、俗にパターソン・フィルムと呼ばれる、1967年にロジャー・パターソンが撮影した8mmフィルムだ。
これは山の中で出くわしたビッグフットを撮影したものなのだけど、この手のものに興味のある人ならば、写真とかでその一コマを見たことがあるかも知れない。





このパターソン・フィルム、一般的には「いたずら」と見られていて、着ぐるみを着て手伝ったと言い張る男の証言まである。
あまりにも動きが人間臭いので、やはりそういう疑惑を持たれてしまってもしょうがない。
しかし、撮影した本人は最後まで真実だと主張し、1972年に亡くなっている。

これまでされてきた多数の目撃談や、足あとの類は、うそっぱちも多いだろう。

ということで、この番組では「結局のところどうなんだ?」という検証を行なっている。

このパターソン・フィルム、これの表に出回ってるやつはコピーのコピーのそのまたコピーだったりするそうで、かなり劣化して不鮮明となっている。
そこで番組は、健在なパターソン夫人より、貸し金庫に眠っていたオリジナル・フィルムを引っ張りだすことに成功する。

で、それを一コマ一コマ、デジタル処理で手振れや、さらなる不鮮明さを修復し、解析していくという気の遠くなる作業を敢行する。
さらに、撮影場所を見つけ出し、その一帯をレーザー・スキャンして精密な3Dジオラマを作成し、パターソンの立ち位置やレンズの焦点距離まで割り出していく。
これによって、被写体の身長などもわかるのだ。

さらに復元されたフィルムを元に、被写体のモーション・キャプチャリングを行い、骨格や筋肉の動きまでも解析する。
そしてそれらの検証をハリウッドのクリーチャー・スーツのプロに依頼して、「着ぐるみ疑惑」についても解明していく。

とにかく、現代のデジタル技術とはすごいもので、別物の映像になる。で、そのおかげでこの被写体についてとんでもないことがわかった。


まず結果から言ってしまうと、この番組においては、このフィルムは「本物」と認定された。
つまり、着ぐるみなどではなく、明らかに人間ではない、「そういう生き物」が撮影されているということが証明されたわけだ。

まず着ぐるみについてだが、スーツ・クリエイターの見解では、毛とその下の筋肉の動きからして、撮影された1967年ならまず確実に不可能とのこと。もし着ぐるみだとしたら、「どうやっているのかわからない」と首をひねる。検証に入る前では「きっと着ぐるみだろうと思います」と懐疑的だったスーツ・クリエイターだったが、検証後に意見が変わってしまった。

身長は2m10cm〜2m30cmと割り出された。この身長は人の平均身長を遙かに上回っており、1億人に一人という割合らしい。
決定的なのが足の骨格で、太ももより膝下のほうが短く、腰と膝や肩の位置関係がまず人間のそれではないこと、またかかとから着地する人間とは違い、足の裏全体をスタンプのようにおろすというのは類人猿の特徴で、これらの動作を再現すること自体が人間には難しい。

実際にモーション・アクターがこの動きを再現できるか特訓するのだが、かなり無理があるようだ。その上に着ぐるみを着て、とまでなると、さらに非現実的となってくる。
要は、人が中に入って演じているならば、解析すれば一発でバレるということだ。


ふーむ。そうなのかあ。
まあ、完全に信じてしまうのもあれだけど、ここまで検証してそうなのなら、ひょっとするとこのパターソン・フィルムは本物なのかもしれないね。

ビッグフットの存在の確実的証拠とはならないが(番組もそう言っている)、すくなくとも1967年10月20日のこの日、パターソンはこういう生き物と接触したと。それは信じていいのかも知れないと。

もしビッグフットのような生き物が、目撃されたようなロッキー山脈帯にいた場合、食べ物の確保とかそういう意味で、生存可能なのか?という問題については、野生動物の専門家によれば、充分可能ということらしい。
クマが生きていける環境なら大丈夫なのだそうだ。

残されている体毛のDNA解析では、その発見された一帯に住む既知の野生動物のどれでもない(もちろんヒトのでもない)と確認されている。
ただ、ヒトや猿(チンパンジー、ゴリラ、オランウータン)に近いDNAだが、それらとも違うらしい。
つまり、現物の個体が発見、確保されないかぎり、特定できないという。

いやー、これらの一連の検証で、ビッグフットの存在が確実になったというわけでは決してないのだけど、夢があっていいじゃないですか!

存在の証拠としては、やはり「骨」が見つかるのが一番いいらしい。そう、骨が見つかってないんだねえ。


ちなみに、パターソン・フィルムに映っているのはメスで、振り返った時にちゃんと乳房も見えています。

毛深い「見返り美人」ってとこですかね。






posted by ORICHALCON at 19:07| Comment(3) | TrackBack(0) | Cinema

2012年10月15日

ゾンビの真実

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ゾンビの真実 The Truth Behind Zombies


あははは。いいねこれ。

Huluにて視聴。

映画ではなく、ドキュメンタリです。

ゾンビを科学的に検証していくというもので、しかも制作はナショナル・ジオグラフィックですwww

科学者や学者、ゾンビ研究家、催眠療法士、疫病の権威などが出てきて、大まじめにゾンビの科学的可能性を語り、検証していきます。


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「ドラえもんのタケコプターは実現可能か?」みたいな、空想科学読本のような感じですかね。
日本で言えば、「ゴジラの存在は科学的にあり得るか」みたいな具合かなw

僕はこのブログでもちょっと触れているように、大のゾンビファンです。
キング・オブ・モンスターといえばゾンビ。
クリーチャーとしてのゾンビの魅力は、なにより「元は人間」ということで、下手すると自分の家族かも知れないという恐怖。この恐怖、他のクリーチャーにはないものです。

ゾンビは現在、世界でもっとも人気のあるモンスターでしょう。
ゲームの世界では特に顕著で、iPhoneのゲームアプリを「Zombie」で検索すれば、数万レベルで出てくる。

クリスマスになると、「サンタクロース vs ゾンビ 」として、世界でどちらがより多くネットで検索キーワードに使われているかを比べたり、世界でどのくらいゾンビ関連の語句が検索されているかを見られるマップがあったりする。

http://walyou.com/zombie-map/

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これを見ると、アジアでは非常に日本が多いのが面白いやね。やはりバイオハザードを生んだ国だからかな?

どれだけ検索されているかというのは問題ではなく、「どれだけ検索されているか」を検証されてしまうところまで来ているキャラクターだということが興味深い。どんなに世界的キャラクターのミッキーマウスでも、ミッキーマウスがどれだけ検索されているかなんてのは、話のネタになったことなどない。

少なくとも、ナショナル・ジオグラフィックがこういうかたちで取り上げるところまで来ているコンテンツだということは、やっぱりちょっと普通じゃないと思うw

ゾンビが他の恐怖性コンテンツ(モンスター、災害的脅威などなど)と比べて、これだけ人々の関心を引く理由は、その特異な特徴にある。

1.人類の滅亡、世界の終焉に直結する
死人に溢れかえった人類の終焉は、隕石衝突のような、あっという間のアルマゲドンのほうがまだましに見えるし、これに比べたらゴジラの脅威なんてまだかわいい。


2.感染によって拡大する
ゾンビに襲われる恐怖というのは、この感染というファクターの影響も大きい。
つまり、自分がゾンビになるかも知れないわけで、それは下手すると単純な死の恐怖を超えている。


3.個体によって個性がある
人間がクリーチャーなので、そのキャラクター性に枠がない。


4.人を食らう
人が人を食すというこのカニバリズムは、人間の根源的タブーであり、人間の尊厳への宣戦布告である。
また、人が人に噛み付く・食べると行為は、人の潜在意識の中で、性的な意味合いにつながっている。


ゾンビという存在の世界的認知は、明らかに映画が育てたものだ。このドキュメンタリでも、「28日後」などを検証の例に用いている。しかし、ゾンビそのものは、本来は映画が生み出したものではない。

ゾンビの語源は、コンゴのアニミズム信仰の神、ンザンビ(ンジャンビ : Nzambi)からきている。
映画におけるゾンビの元ネタは、ハイチのブードゥー教における仮死状態の奴隷伝説のことで、極端な伝承では、死んだ人間を蘇らせ、奴隷化したものを指す。

これを元に、1932年に「ホワイトゾンビ(恐怖城)」という映画が製作される。映画史上初のゾンビだ。
だけどこれは人為的に創りだされた、いわば「フランケンシュタインの人造人間」に近く、劇中でも重要な扱いではない。

現代に通ずるゾンビ像を確定したのは、1968年、ジョージ・A・ロメロの「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」だ。
この時点で、「人を襲って食らう」と、「噛まれると感染する」という項目が生み出されている。


つまり、ゾンビを科学的に考察する場合、

・ブードゥーなどの伝説における、人為的なゾンビ

と、

・(映画で描かれるような)疫病・症候群としてのゾンビ

の二面が最低でも必要となる。


で、このドキュメンタリはちゃんとその2つの方向から検証しているwwww

しかし、ナショナル・ジオグラフィック制作の名の元に、学者たちが真顔でゾンビを語っている絵は奇妙な感覚に襲われる。
「いや、そんなに真顔じゃなくてもwww」と、なだめたくなってしまうw

ブードゥー教方面から切り込むと、「薬品」や「催眠(暗示)」というかたちで検証されていく。

症候群としての考察では、そういう感染ウィルスの誕生はあり得るかというかたちで検証されていく。

「映画のようなゾンビ」となると、症候群としてのゾンビということになるが、科学者の意見によると、そういうウィルスはまったく不可能ではないらしい。
たとえば狂犬病ウィルスと、インフルエンザのウィルスが交配したなら、近いものになる可能性もあると言っている。

ただ、「28日後」のような、噛まれた瞬間に感染し、即座に発症、ゾンビ化というのは絶対に起こり得ないと断言している。特にゾンビは脳が侵されて、その体のコントロール機能を失うわけだから、バクテリアが細胞間に入って増殖し、脳に達するのにどんなに早くても2日は要するはずだとのこと。

などと、まじめにやってるのが面白いw

ゾンビがぎこちない動きをしているのは、元祖のロメロ観からすると「死体が蘇った」からなのだが、その「死者が蘇る」という部分は無視されている。やはりこれを科学的検証へ持ち込むのは無理があるようだ。
このドキュメンタリによると、ゾンビの動きがぎこちないのは、小脳にダメージを負っているということらしいがw

また、ロスアンゼルスにゾンビが発生した場合について検証するトピックもある。
これについて語るのは、ゾンビ・リサーチ・ソサエティの会員なのだが、彼はいつでもゾンビ・ストームが起きてもいいように準備万端を整えている。
「72時間キット」なる、携帯食料などを詰めたパックを用意し、避難場所まで定めているwwww

で、ロスアンゼルスにゾンビが発生した場合について、あれこれ語るのだが、いいのかよこんなのまじめにやってナショナル・ジオグラフィックw

まあ、いいんじゃないかねw
物足りない感じもあったんですけどね。というのは、観ているこっちの想像を超えた検証や発見がない。
「うんうん、まあそうだろうね」という程度なんですよね。

ただ感心したのは、ハイチへ行って、きちんとブードゥーのボコ(司祭)たちに取材していること。これによって、カルトに見られがちな、ブードゥーのステレオタイプな偏見の払拭に貢献できているとも言える。

ナショナル・ジオグラフィックがゾンビなどという素材をこうして扱うのに驚きだが、ラインナップを見ると結構こういう内容のドキュメンタリを制作しているのに気づいた。UFOだの、幽霊だのってのをやっている。

面白そうなのは、「ビッグフットの証拠」ってやつ。
アメリカからカナダにかけて多数目撃されている、類人猿伝説。
ビッグフットの有名な証拠として、50年前に撮られた映像フィルムがあるのだが、それをコンピュータ解析するらしい。

見てみよっかな〜ん。




posted by ORICHALCON at 21:13| Comment(1) | TrackBack(0) | Cinema

2012年10月14日

スミス都へ行く

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スミス都へ行く (Mr. Smith Goes to Washington)

監督 : フランク・キャプラ
出演 : ジェームス・スチュアート ジーン・アーサー クロード・レインズ エドワード・アーノルド トーマス・ミッチェル ハリー・ケリー

129分


Huluにて視聴。

サムネイルは販促用として着色されているが、もちろん作品はモノクロです。

大好きなジェームス・スチュアート主演。そして、なによりフランク・キャプラ作品です。1939年製作。


ある州(作中では特定されていない)で、上院議員が病死したため、州議会の裏側では候補探しに慌てる。というのも、州選出議員であるペインと、州を牛耳る資本家のテイラーは癒着しており、州におけるダム建設法案とその利権を守るため、子飼いにできる敵対しない候補が見当たらないためだ。そこでボーイスカウトの団長である青年、ジェフ・スミスを指名することになる。いきなり上院議員になってしまったジェフだが、さっそくワシントンへ登り、全国の少年たちのためのキャンプ場建設の法案づくりに燃える。しかしそのジェフの挙げる建設候補地が、テイラーたちの目論むダム建設予定地だったため、ジェフを毒にも薬にもならないと踏んでいたペインたちはまたも慌てることになる。
ペインとテイラーは、ジェフに汚職の容疑を着せ、総力を挙げて潰しにかかる。


オスカー11部門ノミネート。ジェームス・スチュアートはニューヨーク映画批評家協会賞にて男優賞受賞。

やべえ。すげえ面白かった。

ジェームス・スチュアートはやっぱりいいですね。惚れますね、まじで。
この、なんだろう、こういう俳優は他にいませんね。そういう意味では、ジェームス・スチュアート出演の作品はリメイク不可能ですね。

ジェフは意気揚々とワシントンへ出向くわけで、まさに「都へ行く」なのだが、いきなり都会のマスコミの手痛い洗礼を受ける。それに腹を立てたジェフは記者たちにつかみかかるが、もうこの時点で政治家としては失格路線へ傾いている。
ジェフは実直で正直者で愛国者で、超がつくほどのお人好しだ。愛すべき人物なのだが、そんな彼がなにか機転をきかせて困難を切り抜けるなどという期待はすべて裏切られる。政界に生きる人間ではないのだ。

そんなジェフをサポートする重要なキャラクターがいる。ジーン・アーサー演じる秘書のサンダースだ。
サンダースは、キレ者のキャリアウーマンで、なぜジェフが議員に指名されたのか、その大人の事情のからくりさえも悟っている。そして田舎者の、政治に疎いジェフの秘書にあてがわれたことを呪っている。
サンダースはジェフの子守役に抵抗を感じ、辞職するとまで言い出すのだが(そして、本当に一度辞職する)、いつしかジェフの熱意に引かれて、結局ジェフのためのリーサル・ウェポンへと変容する。


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実はこの作品、俳優のクレジットとしてはこのジーン・アーサーが先頭になっているくらいで、このサンダースというキャラクターが非常に面白い。
サンダースの辞職理由の本質は、単純にジェフやその子守に嫌気がさしたというのではなく、純粋なジェフが政治の世界で傷つく姿を見たくないというのがそれだ。
しかし、彼女は帰ってきて、ジェフに燃料投下をする。

巨悪に勝てるわけがないと消沈しているジェフに対するサンダースの印象的なセリフに、「そんなことより、信じるならもっと大きいもの信じなさい(you had faith in something bigger than that.)」というのがある。

なんだろう、こうしてレビューを書いていて、様々なシーンを思い返す度にちょっと目頭が熱くなってしまうのは。
とてもシンプルな作品で、単純なストーリーなのだが、やはり人が目的を持って必死に闘う姿や、何かを信じて行動する様の魅力というのは、理屈の世界ではないのだな。

この作品の戦いは、資本主義と民主主義の摩擦 という構図でもあり、大義が人間を(敵をも)を動かす、というアメリカらしい内容となっている。


フランク・キャプラといえば、「或る夜の出来事」「群衆」、そしてなにはなくとも「素晴らしき哉、人生!」だろう。
のちの「素晴らしき哉、人生!」で活躍する俳優が何人か、この作品に顔を出している。

アメリカ映画協会の「感動の映画ベスト100」の1位に君臨する作品だが、5位にこの「スミス都へ行く」が入っている。
フランク・キャプラ作品がアメリカ人に支持されるのは、やはり実に「アメリカ臭い」からだろう。

だけど、「素晴らしき哉、人生!」は、普遍的な、人類の根源的なテーマを扱ってる。「タイタニック」のテーマをとっくの昔にやっちゃってる。それだけに、パブリックドメインということもあって、これはもうアメリカ人だけの財産ではないと言いたいw
僕にとっても10本指に入る作品だ。

「素晴らしき哉、人生!」は、フランク・キャプラが自身の集大成を賭けた作品だった。
そして「スミス都へ行く」は、その遺伝子形成を垣間見せてくれる。

もし両方とも未見の方がいましたら、ぜひ死ぬ前に押さえておくべきですよ。






posted by ORICHALCON at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | Cinema

2012年10月13日

HUMANS OUL

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HUMAN SOULというインディーズ・バンドがある。(もしくは、あった。この意味は読みすすめていただければわかる)

かれこれ5〜6年前、あるネット番組でインディーズを紹介するコンテンツがあり、その撮影にアシスタントで参加した際に出会った。

取材対象のバンドのうちのひとつだったわけだが、このHUMAN SOULだけアタマひとつ飛び抜けていた。

まず演奏力。そして楽曲。ヴォーカルはまだ少し固いというか、リラックスできていない印象だったのだけども、充分な実力を持っていた。
路線としてはロックなのだが、雑食な感じで、メンバーたちがそれぞれ好きなジャンルあって、それらをうまく融合している感じ。
個人的には和製 Lost Prophetsと受け止めていて、かなり似ている。下手すると影響を受けているかも知れない。

ともかく、「こいつらすごいな」と思って息を詰めて見ていたのだが、まだ立ち上げたばかりだったのか、一番集客していなかったため、最もオーディエンスの反応がもらえないバンドとなってしまっていた。
パフォーマンスは地味だったし、なによりその時点ではまだヴォーカルに華がなかった。しかしこれはヴォーカルだけの責任ではなく、メンバー全体で研究、構築しなければならない問題だと思った。
楽曲が非常に高度なため、それをこなすだけで精一杯のヴォーカルは、萎縮してしまっていた。個人的には、それを生んでいるのは他のメンバーにも責任があると感じた。

しかし、数をこなしていけばそれらは突き抜けていくし、こりゃあ下手すると化けるかもしれんと思った。無反応のオーディエンスたちに「なんでおまえらこれ無視しちゃうの」と言いたくてしょうがなかった。

とにかく、すぐその場で彼らが出しているCDをまとめ買いした。といっても、2、3枚しかリリースしてなかったと思うw


その後、ライヴを覗いてみようと思ってインフォを拾おうとサイトへ行く度に、直近のライブ予定がまったくないというすれちがいがことごとく続いた。
というか、活動しているのかさえ怪しい時期があった。

自分の演出する舞台に楽曲を使わせてもらいたいと思った時期もあったりしたので(舞台は流れてしまったが)、たまにサイトはのぞいていた。
また、自分が関わっていたバンドのイベントのブッキングで頼んでみようと思ったこともあった。しかし、サイトは動いていなかった。


そして今日、ライブをやってないかなーと思い出して、久々に検索をかけたら、まったくひっかからない。

仕方ないので、アルバム名で検索したら、驚いたことにAmazonの販売ページでひっかかった。


今日になってはじめて気づいたのだが、HUMAN SOUL ではなくて、 HUMANS OUL だったのだwwww
検索にひっかからないわけだわ・・・・

取材の時に聞いたバンド名「ヒューマン ソウル」という"音"で覚えてしまっていたため、これまでずっとHUMAN SOULという表記だと思っていたのである。アルバムにもちゃんと表記されているのに、思い込みとは困ったもんですのう。


で、そのAmazonのアーティスト紹介を見てまたびっくりした。

一部抜粋する。


2007年に自主レーベルMines Recordを立ち上げ、ファーストアルバムをリリース。無名の新人、ノンプロモーションにも関わらず イニシャル数が1000枚を超え、発売2ヶ月で在庫切れとなるなど話題を呼ぶ。また、インディーズ試聴サイトaudioleafでは常に高回転を維持し続け、並み居るインディーズバンドを押さえ2008年以降常にランキング1位をキープ!※現在25万プレイ通常のファンのみならず、音楽関係者やミュージシャンからの人気や賞賛の声が多く、無名のインディーズバンドにも関わらず『ギターマガジン』にプレイヤーとしてインタビューが載るなどその音楽的なクオリティの高さは特筆すべき点である。


なんと。やるじゃないか。

で、Webサイトを見つけてライブ情報を見てみると・・・・また活動の気配がない!! (>_<)

去年の5月あたりでライブ情報は途切れている。


なんでいつもこうなんだw



しかしま、また動きが見られる時がくるだろうと思うので、ちょくちょく監視しようと思うw




posted by ORICHALCON at 15:59| Comment(1) | TrackBack(0) | Sounds

2012年10月12日

au vs SoftBank

昨日、大崎駅に寄る際に確かめておこうと思っていたことがあった。LTEの入り具合だ。
電車による移動というのは、退屈なわけで、もともとバイカーだったこともあり、自分がただ物体として運ばれていることにイライラする。だからこんなくだらないことにささやかな楽しみを覚えてしまう。

というのも、auとソフトバンクが、なにやらLTE帯のつながりやすさについて争ってるという話題をどっかのサイトのニュース系トピックスで見かけたからだ。

争うというか、auが「うちの方がつながる」的な比較広告(非公式なものらしいが)を打ってるらしい。

その内容が、山手線全駅におけるLTE受帯の可否なのだけど、auが圧勝だそうだ。ただし、両方ともダメってとこもあって、そのひとつが大崎駅だったのだ。
ただ、このソースはどうも、ネットにおける検証記事らしい。

結果的には、ソフトバンクについては大崎駅でLTEは普通に入った。
ネットにおける比較検証記事はあまりあてにならないのかも知れない。
つまり、この僕の報告さえも信用できるものではないと言えるわけで、「改札じゃ入らないぜ」という結果もあり得る。だから、どこでどう入るかなんて、本来は気にしすぎるだけご苦労なハナシなのかも知れないが、LTEはつながると確かに爆速なので、やはり重要な要素なんだろうな。
なにしろ、携帯の強度バー表示で、LTEが一本だったとしても、3G5本より速い。

まあ、それはさておき、非公式なものにせよ、比較広告が出された場合、出す側になにかしら不利な状況があると見ていい。
過去の例をみても、弱味がある企業ほど、そういうのをやる。比較広告という攻撃的な手段を取るというのは、危機感があるからなわけで。

ソフトバンクがそれに対してどう出てるかは知らないのだけど、孫社長はことあるごとに「健全な競争云々」と言い、記者会見でも徹底して他企業を「さん」付けで呼ぶからして、露骨な反撃はないかも知れない。
ちなみにこれに影響受けてか、最近のdocomoの社長すら、呼び捨てだったAppleに「さん」を付けるまでになっててちょっと面白い。

さておき、調べてみるとiPhone5にかぎってはソフトバンクがどうもちょっとだけ有利のようだ。iPhone5対応の2GHz帯の基地数が全然ちがう。

本当に入りやすいのはソフトバンクのはずだが、問題はiPhone5以外の端末も使用しているため、混雑しやすいということだ。
auの2GHzの基地数はソフトバンクの三分の一程度だが、iPhone5にしか対応していないため、混雑していないとうこと。

つまり、フタを開いたらどっちもどっちという結果なんだけども、基地数が圧倒的に多いのはソフトバンクということに、auは焦ってるのかも知れないね。

僕はソフトバンクだけど、このキャリアになにか愛着があるとか、そういうのは全くない。むしろ、不満も多い。
iPhone5にする際、気分転換にauにしてやろうかと思ったくらいだ。でもやっぱりめんどくさかった。

ソフトバンクに関していえば、僕は東京デジタルホンからの顧客だ。忌野清志郎がCMしていたという理由だけで選んだ。(ちなみにdocomoは桑田佳祐だった)
J-PHONEに社名が変わり、ボーダフォンに買収されて、またソフトバンクに変わるなど、忙しいキャリアだったなと思う。

つながらない、その上電波の質が悪い、というのがソフトバンク。
顧客満足度では到底docomoやauには勝てないソフトバンク。

でも長い目で見れば、最後に勝つのはソフトバンクじゃないかなと思っている。

つながらないとか、電波の問題とかは、それはある意味、後発だっただけの話で、逆を言えばよくも短期間でここまできたなと思う。
つまり、成長しているのはなんてことはない、ソフトバンクの方だということ。

“クソ”フトバンクとまで言われたそれが、上位企業から比較広告を引き出すまでになってるのだから面白い。

社長が逃げも隠れもできないところまで顔出しちゃってるというのも期待できる。
したたかな孫社長については、見方によって功罪や好き嫌い分かれると思うけど、この人はもう負けられないでしょう。仕事や企業に人生がかかっちゃってる。
docomoにもauにもこんなのはいない。コケたら首がすげかわるだけなわけでしょう。

先日、ソフトバンクがイー・モバイル買収したかと思ったら、今度はアメリカのスプリント・ネクステルを買うだって?

スプリント・ネクステルはアメリカの第3位にあたる携帯会社だそうだが、上の2企業に大きく水をあけられており、かなり落ち込んでるらしい。大丈夫なのかなと思うけど、でもそれを言ったらボーダフォンだって孫社長の買収時は死に体だった。それはユーザにもそこはかとなく感じ取れるくらい終わりかけてた。報道する世間の風潮もこの買い物にどこか失笑気味だった。

Yahoo BBの強引な展開が気に障っていた人々も多いので、「この勇み足で潰れちゃえ」みたいな声まであった。

そして初代iPhoneが発表。しかし日本側はかなり冷めていた。というのも多くの関係者が、こんなの日本で普及しないと見ていたのだ。
そう、見ていたのは「関係者」であって、つまり頭のどこかで「普及されてたまるか」といった抵抗感や危機感があった。そういったものを煽るほど、衝撃的な発明だったわけだ。

日本での取り扱いに最初に手を挙げたのが孫社長。この時もまわりは「またこいつか」的な風潮で、「自らクソつかんだ」というノリさえあった。


で、今はご覧の通りだ。


そもそも、iPhoneを取り扱う上でのApple側の条件というのは相当厳しいものだったらしく、docomoはこれを飲めなかった。自ら生んだヒット商品のiモードに固執していたというのもあって、「iPhoneは日本では普及しない」というスタンスになった。で、今も飲めない。

対して、孫社長はこの厳しい条件を飲んだ。喜んで飲んだとも聞いている。ジョブズと友人だったというのも大きいのかも知れない。

これがなかったらもしかすると、大袈裟に言えば未だに日本ではiPhoneはなかったかもしんない。


現在、docomoはiPhone5の波でMNP流出が増加しているという。

ただ、これは別の見方をすれば、アメリカ企業に日本の市場が奪われているということになる。

そういう見解でこの事象に抵抗を感じる人がいるならば、海外進出を果たそうとしているソフトバンクとキャリア契約するなどして、応援したらよろしいと思う。

うまくいけば、日本のキャリアの端末が海外市場に出るという初の事態になるかもしれない。

まあ、なんだろうと構わない。
たかが携帯のハナシなわけで、どこのキャリアがどうなろうと本来は知ったことではないのだけど、これだけは言える。

この調子だと、最後に勝つのはソフトバンクだろう。

企業は人だということをソフトバンクは表している。

ジョブズが生きていれば、iOS6のマップがここまでひどくなったりはしなかったと断言できる。Google Mapの可能性に最も興味を示し、最も切り拓いた人物が、マップ機能をあなどるわけがないでしょう。


ソフトバンクが勝てなかった場合、それはdocomoやau側に匹敵する人物が現れるか、孫社長が長生き出来なかったという時だろう。

でも、どうもこの人は長生きしそうだね。

なにより、本人がそのつもりだろうと思う。


posted by ORICHALCON at 07:35| Comment(0) | TrackBack(0) | Mac & iPhone