2012年07月11日

アメイジング・スパイダーマン

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アメイジング・スパイダーマン

監督 : マーク・ウェブ
出演 : アンドリュー・ガーフィールド  エマ・ストーン  リス・エヴァンス  マーティン・シーン



「ソーシャル・ネットワーク」以来の新宿バルト9で鑑賞。
その「ソーシャル・ネットワーク」に出ていたアンドリュー・ガーフィールド主演です。

アンドリュー・ガーフィールドは、「ソーシャル・ネットワーク」の主人公、ザッカーバーグ(演じたのはジェシー・アイゼンバーグ)の親友、サベリンをやっていた人。大変な若手実力派です。
ちなみに今回相手役のヒロインを演じるエマ・ストーンは、「ゾンビランド」でジェシー・アイゼンバーグとくっつく役どころなので、ふたりともジェシー・アイゼンバーグに縁があるねw

正直、ピーター・パーカー役にアンドリュー・ガーフィールドというのはピンときてなかったのだけど、大成功でした。
間違いなく、スパイダーマンの映画化としては最高傑作に仕上がっています。


監督はマーク・ウェブ(Marc Webb)という、この映画の監督としては出来過ぎな名前の人。こういう映画向きの人ではないはずですが(依頼があった時、本人がまずそう思ったらしい)、結果的にそれがかえって功を奏したという感じです。
前シリーズ三部作のサム・ライミは素晴らしい仕事をしました。サム・ライミらしい世界観を見せてくれました。しかしそれは今思うとやはり「サム・ライミの世界」であって、今回はきっちり、「スパイダーマン本来の世界」が構築されています。


この作品は最近よく聞かれる「リブート」企画で、リブートは再起動という意味ですから、あるコンテンツを一から再起動して新たなシリーズとする企画。たとえば、クリストファー・ノーランはバットマンを「ダークナイト」でリブートしたと言ってもいいかと思います。

タイトルが「アメイジング・スパイダーマン」という、原作コミックの原題を持ってきたというのも、そこに原点回帰の意気込みが感じられます。たとえばスパイダーマンの糸は、前シリーズでは体から分泌されるというオリジナル設定でしたが、今回は原作にほぼ近いウェブ・シューターという機械が再現されている。腕につける機械ですが、スパイダーマンはこれがないと糸を出せない。また、ピーターの過去・両親の謎に迫っているのも原作を意識していると言えます。

原点回帰とは、「等身大のヒーロー」であり、たとえば前シリーズでのあまりにCoolなスパイダー・スーツ。メイキングを見てもこれの開発は大変だったらしく、たぶん一着のコストは数千万かも知れません。しかし、それだけの完成度のスーツをどうしてピーターが作り出せたのかは、いわば「考えちゃいけないお約束」なんですが、今回は納得のいく手作りスーツ。これは原作ファンにはたまらないでしょう。

スパイダーマンの他のヒーローものとの大きな違いは、テーマに「成長」があること。完璧すぎるスーパーマンや、一皮向けばイケメン・リッチマンのバットマンには求めにくい要素です。そう、普通の高校生が悩んで苦しみながらスパイダーマンとしての自分を模索していく物語。

ピーターの成長物語に欠かせない、育て親のベンにマーティン・シーン。あまりにもわかりやすい、王道すぎるキャスティングだなと思ったのですが、やっぱり期待通り、良かったですw


この作品に感心したのは、なにげに脚本の構成。映画がスタートしてからピーターがスパイダーマンになるまで、ちょうど約1時間なのですが、問題はスパイダーマンが出てくるまでをどうもたせるか、ということ。
これについては、前シリーズもがんばっていましたが、構成としては今回のが完璧です。無駄が一切ない。必ず前のシーンは次のシーンにつながるようになっていて、おかげでスパイダーマン不在の1時間でもまったく退屈しません。これは簡単にできるものじゃありません。
大概は、プロットが一旦途切れて、たとえばピーターが思いを寄せる女の子とのやりとりだけを見せたりする。サム・ライミ版ではそうでしたが、今回は「その時に必要なプロット」のみに焦点を当て、プロットがプロットへ受け継がれるという数珠つなぎにしていくことで全プロットを総なめにしていくというやり方です。

たとえば前シリーズでは、ピーターがスパイダーマンになるきっかけ、「遺伝子操作されたクモに噛まれる」というシーンは、「たまたま見学に行った研究所」という設定でした。それはピーターの意志ではない(少なくとも彼が生み出したシチュエーションではない)ので、ストーリー要素にはなっていません。
しかし本作は、研究所へ行く必然性があり、ピーターの強い目的意識によってそこへ導かれていきます。それは、「両親の謎を追う」というものです。万事、こういう流れが組まれており、大げさに言えばピーターがスパイダーマンになってしまうことに「運命性」すら感じてしまいます。すべてがちゃんと、物語の骨組みとして機能しています。


ピーターの生い立ちと、今の環境、人物を描き、そしていかにしてスパイダーマンになるかまでの行程、さらに映画の見所としてのスパイダーマンの活躍アクションまでも盛り込まなくてはならないのですから、それを2時間半に詰め込むとなると、脚本は大変な構成力を必要とします。そして、この作品は構成に関して大成功しています。

とても勉強になりました。サム・ライミ版はサム・ライミらしく、所々に「お遊び」があるのですが、しかし本来はそんなものは一切必要ないんだということを改めて学びました。なぜなら、お遊びは結局ストーリーに貢献しないわけで(だからお遊びなんですが)、そういったものを削ることによって、ストーリーは純粋になっていくからです。実際その証拠に「お遊び要素」というのは、2回目からの鑑賞では邪魔になってきます。

観客が感じる中だるみの正体は、「ストーリーと関係ない(ように見える)プロット」にキャラクターの注意が向けられている状態を指します。しかし脚本家や監督は「これもやりたい」「あれもやりたい」と思うものです。アーティストですから!
こういう娯楽作品だからこそ、人間ドラマや人間描写を軟弱にすまいとがんばる結果なのですけど、そのためについ余計なことをしてしまいます。たとえばサム・ライミ版ではメリー・ジェーンの家庭は少しすさんだ問題を抱えているというのが描かれますが、今思うとそれはストーリーとはまったく関係なく、その後のシリーズにもさしたる影響を与えていません。

極力余計なものを排除するという作業は、大事なものを蒸留していくことになり、おかげでこの「アメイジング・スパイダーマン」は純粋で立派な「スパイダーマン誕生」物語になっています。

こういった黄金比を求めるような、いわゆるハリウッド形式な脚本構成はアンチな人もいるでしょうし、僕も崇拝しているわけではないのですが、決められた時間内に必要な物を構成するという意味では、脚本に興味がある人はこの作品を分析してみると面白いと思いますよ。

また特に感心したところと言えば、ピーターとグウェンの二人が結ばれるプロットと、スパイダーマンの正体をグウェンが知るプロットが同時に一瞬で描かれるというシーン。しかも余計なセリフひとつなしに!! こういうのが映画ですよね....


今回はメリー・ジェーンではなく、元祖のグウェンがヒロインとして採用されているのも、今後に期待できます。


今回の敵はファンも待望していたという、コナーズ博士が変異したリザードマン。スパイダーマンもリザードマンも、お互い交配遺伝子のミュータントで兄弟みたいなものです。グリーンゴブリンなどと比べると派手さはないですが、強いですぞ!!
ただ、スパイダーマンがリザードマンと戦うのは、倒すためではなく、亡き父の友人でもあったコナーズ博士(リザードマン本人ですね)を救うためです。こういった設定もスパイダーマンならではで、他のヒーローものでは描けない妙です。

コナーズ博士役にリス・エヴァンス。いかにもイギリスくさい俳優で、冷酷非情な役柄をやらせるとすごいはまるのですが、そのせいでつい途中まで「なにか企んでる」と思っちゃってましたwww



3Dで観ましたが、やはり3Dで観るにはもってこいの映画でしたね。
この作品はもちろん、シリーズ化されていきます。今から楽しみです。

楽しみといえば・・・・さすが夏ですね、楽しみな映画の公開が目白押しです!!


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実は今日、「崖っぷちの男」も観てきてしまいました。
もちろんエントリも書きます!

posted by ORICHALCON at 01:56| Comment(0) | TrackBack(0) | Cinema
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