2012年07月08日

レスラー

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レスラー

監督 : ダーレン・アロノフスキー
出演 : ミッキー・ローク マリサ・トメイ

ヴェネツィア映画祭金獅子賞、ゴールデングローブ主演男優賞、オスカー主演男優賞・助演女優賞それぞれノミネート。
とまあ、そうそうたる評判だが見そびれてしまっていた作品。こういったのを忘れたころにパッと拾って観られるシアワセ。

かつて80年代に一世風靡を喫したプロレスラー、ランディ。二十年たった今も現役だが、スーパーでアルバイト、家賃も払えず家(といってもトレーラーハウス)を締め出される始末。その上、試合後に心臓発作で倒れてバイパス手術を受け、医者からプロレス禁止を宣告されてしまう。そんな折、20年ぶりにかつてのライバル、アヤトラーとの再戦マッチの話が浮上する。疎遠となっている娘とのすれ違いや、微妙な関係のストリップ・ダンサーとの関わりの中、ランディはリングへと向かっていく。


さすがにハズレないだろうと思ったら、とんでもない大当たりだった。最高の作品です。

こんなにひっぱられるとは・・・・あっと言う間でした。

ミッキー・ロークが素晴らしい。素晴らしすぎます。
これはたぶん、公開当時もあちこちから言われたのだろうと思うけど、レスラーとしてすっかり落ちぶれてしまった主人公のランディは、俳優ミッキー・ローク本人そのものだ。(ロークは元ボクサーでもある)

ミッキー・ロークは若き絶頂期において、素敵なムードを持ち合わせていた俳優だが、今思い返すと決して上手な俳優とはいえなかった。しかし、この「ムード」というのは俳優に大事で、いくら器用な俳優はいっぱいいても、このなんとも言えない「ムード」というものを醸し出せるかどうかというのは難しい。それは天性か、運か、というハナシにまでなってくる。

全編を手持ちで撮影し、ただただロークを追っていく。撮るのではなく、追っていく。
ミッキー・ロークはもうミッキー・ロークではなく、その影は微塵もない。それこそはじまってすぐ、ミッキー・ロークはどこにもいなかった。いるのはランディだ。

最初の20分間ですでに僕的にはオスカー男優賞決定なのだが、取れなかったのか〜・・・・

展開のテンポも良く、シンプル。

今や落ちぶれたかつてのスターやヒーローが、再起をかける、という話は新しくはないが、ここまで徹底して撮った作品は見当たらない。
いや、ランディの場合は再起どころではなく、現状維持さえままならないとこまで来ている。さらに、「再起は不可能」というところまできている。だから本質的には再起などという単純な話ではなく、もっと深いところにこの作品のテーマがある。魂レベルと言っていい。

この作品は、スタジオから大物俳優を起用したメジャー大作路線の方向を示されたが、監督はそれを蹴ってミッキー・ローク採用を譲らず、結局低予算で撮ったそうだ。
それは正解だったろう。メジャー路線なら、ストーリー・ラインにもっと修正を入れられるに決まっていた。
これはストーリーを追う映画ではなく、一人の人間をとことんまで描くというもので、もしこれがハリウッド的大作になってしまっていたら・・・ああいうラストにはできなかったろう。(「ロッキー」のように"よくある感じ"になっていたと思う)
なにより、この役はミッキー・ロークでなければ無理という監督のこだわりが最大の成功要因だ。


プロレスという興業自体、大ブームの頃からくらべるとずいぶんと人気と体力を失ってしまったコンテンツでもある。
K-1などのガチンコものの台頭もあり、"プロレスは所詮ショー"という視線も濃くなってしまったのではないだろうか。(そのK-1も最近では落ち目だが)
だけどこの作品を観ると、プロレスという世界の見方が変わる。というか、よく理解できる。典型的な商業主義ビジネスのひとつとして欠陥がないとは言えないのだろうが、夢のある世界なのは間違いない。


もう、涙が止まらないシーンがいっぱいあった。
"80年代"というのもキーで、ラスト、ランディがリングへ向かう場面でSweet Child o' Mine(入場曲である)のイントロは反則だろっての!(泣)


ミッキー・ロークの脂がのっていた頃の代表作のひとつ、「ホームボーイ」(というか、このあたりから下り坂になる)のパッケージと、「レスラー」のパッケージが対比的でまた・・・・


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とにかく、この映画はあまりあれこれと理屈をこねてしまってはいけない作品だと思うので、これくらいにする。

男も女も、この映画を観るべきですよ。


タグ:レスラー
posted by ORICHALCON at 17:12| Comment(6) | TrackBack(0) | Cinema